―働き盛りの「職場ストレス」と健康寿命を考える―
先日、職場で業務が終了してから、職員同士で3時間以上話をする機会がありました。
私が勤務している施設は、まだ立ち上がって間もない施設です。
新しい施設ですから、
「もっとこうした方がいいのではないか」
「なぜうまくいかないのだろう」
「今後どうしていけばいいのだろう」
と考えること自体は、決して悪いことではありません。
むしろ、より良い施設にしたいという気持ちがあるからこそ、話し合うことも必要です。
しかし、話をしている途中で、ふと思いました。
「これ、2か月前にも同じことを話していなかっただろうか?」
人が違う。
考え方が違う。
仕事に対する価値観が違う。
そして何度説明しても、自分が思っているようには伝わらない。
そんなことに対して不満を言い続けても、状況が大きく変わらないのであれば、自分自身の時間と精神力だけが消耗していきます。
40代になった今、仕事について考えるとき、
「どうやったら職場を良くできるか」
だけではなく、
「どうすれば仕事をしながら自分自身の心と健康を守れるのか」
という視点も非常に大切なのではないかと思うようになりました。
今回は、
- 人は簡単には変わらない、思いが伝わらないときの考え方
- 職場での感情のコントロール
- 意欲はあるけれど能力や判断力が追いついていない人との付き合い方
という3つから、「働くことと健康寿命」について考えてみます。
仕事上のストレスは「気持ちの問題」だけではない
働き盛りの年代にとって、職場は一日のかなりの時間を過ごす場所です。
当然、職場で感じるストレスは私たちの健康とも無関係ではありません。
2012年に医学誌『Lancet』に掲載された研究では、ヨーロッパの約19万7千人を調査し、仕事上の要求が高い一方で自分で仕事をコントロールしにくい「job strain」がある人では、そうでない人と比較して冠動脈疾患の発症リスクが約23%高いことが報告されています。
またWHOとILOは、週55時間以上働く人では週35~40時間働く人に比べ、
- 脳卒中のリスクが約35%高い
- 虚血性心疾患による死亡リスクが約17%高い
と報告しています。
もちろん、「仕事で悩めば寿命が縮む」という単純な話ではありません。
食事、運動、睡眠、喫煙、飲酒、持病など、多くの要因が健康には関係します。
実際、仕事のストレス以上に生活習慣が心血管疾患リスクへ大きく影響することを示した研究もあります。
だからこそ、
「職場の問題を全部解決する」だけでなく、「職場に問題があっても、自分の生活と心身を崩さない」
という考え方が必要なのだと思います。
「人は変わらない」と考えることは冷たいことではない
仕事をしていると、
「なぜ分かってくれないのだろう」
「何回言ったら分かるのだろう」
「普通はこう考えるでしょう」
と思うことがあります。
私自身もあります。
しかし、ここには大きな落とし穴があります。
それは、
「自分が正しく説明すれば、相手は自分と同じように考えるはずだ」
という期待です。
人にはそれぞれ、
育ってきた環境、
仕事の経験、
能力、
性格、
価値観、
優先順位があります。
そのため、どれだけ自分が正しいと思っていても、同じように考えてくれるとは限りません。
古代ギリシャのストア哲学では、
「自分でコントロールできるものと、できないものを分ける」
という考え方があります。
相手がどう考えるか。
相手がやる気を出すか。
相手が自分の話を理解するか。
これは完全にはコントロールできません。
一方で、
自分がどう説明するか。
どこまで伝えるか。
どこで諦めるか。
自分がどう行動するか。
これは自分で選ぶことができます。
私はこの区別が職場では非常に重要だと感じています。
「諦める」のではなく「手放す」
ここは少し違いがあります。
「どうせあの人は変わらないから何も言わない」
ではありません。
必要なことは伝える。
提案する。
できる支援をする。
しかし、それでも変わらない部分については、
「そこから先は相手の問題」
と考える。
これは冷たい態度ではなく、自分と相手との境界線をつくることだと思います。
私自身、
「もっと先を考えた方がいい」
「こういう準備をしておいた方がいい」
と思うことがあります。
もちろん必要な提案はします。
しかし、
「なぜみんな自分と同じように先を考えないのだろう」
と考え続ければ、自分が疲れてしまいます。
最近は、
「伝えるところまでは自分の仕事。受け取るかどうかは相手の仕事」
くらいに考えることも必要だと思っています。
心理学にも「受け入れる」という考え方がある
心理学にはACT(Acceptance and Commitment Therapy:アクセプタンス&コミットメント・セラピー)という考え方があります。
そこで重視されるのが、
「心理的柔軟性」
です。
嫌な感情や考えを完全になくしてから行動するのではなく、
「今、自分は腹が立っている」
「この人には分かってもらえないと思っている」
という感情や思考があっても、
自分が大切にしている価値に沿って行動する力
です。
2024年のメタ解析でも、ACTによる心理的柔軟性の変化は心理的苦痛の軽減と関連していました。
また、職場における心理的柔軟性についても多くの研究が行われ、ストレスやバーンアウトなどとの関連が研究されています。
つまり、
「嫌な職員がいなくなったら穏やかに働ける」
ではなく、
「嫌だと思う人がいても、自分がどう働くかは自分で選ぶ」
ということです。
感情は「消す」のではなく「扱う」
職場では腹が立つことがあります。
イライラする。
呆れる。
不安になる。
悲しくなる。
しかし、
「怒ってはいけない」
「イライラしてはいけない」
と感情を押さえ込むだけでは必ずしもうまくいきません。
感情調整について21,150人を含む48研究を解析した研究では、物事の意味づけを変える「認知的再評価」は心理的健康と良い方向に関連し、一方で感情を単に押し殺す「表出抑制」は心理的健康と悪い方向に関連する傾向が報告されています。
たとえば、
「なんでこんなこともできないんだ!」
と思ったとします。
これを、
「能力がない人だ」
と考えるだけでは怒りが強くなります。
そこで、
「経験が少ないのかもしれない」
「本人には問題点が見えていないのかもしれない」
「そもそも自分とは重要だと思っているポイントが違うのかもしれない」
と、一度別の角度から考えてみる。
これが認知的再評価です。
相手を肯定する必要はありません。
出来事と自分の解釈を一度分けてみる。
それだけでも感情との距離が少しできます。
「今、自分は怒っている」と言葉にする
もう一つ興味深い研究があります。
感情に名前をつける「affect labeling(感情のラベリング)」です。
「腹が立つ」
「悔しい」
「不安だ」
「自分の意見を無視されたように感じている」
と、自分の感情を言葉にします。
脳画像研究では、ネガティブな感情を言葉にすることによって扁桃体などの反応が低下することが報告されています。
そこで私自身も、職場で強い感情が出たときには、
「相手を評価する前に、自分の感情を確認する」
ことを意識したいと思っています。
「この人はダメだ」
ではなく、
「私は今、この状況にかなりイライラしている」
です。
主語を「相手」から「自分」に戻します。
これだけでも、少し冷静になれることがあります。
私が取り入れたい「職場で感情が動いたときの5ステップ」
今後、自分でも実践したいと思っている方法があります。
① 感情に名前をつける
「イライラしている」
「不安になっている」
「分かってほしいと思っている」
と自覚します。
② 事実と解釈を分ける
「○○をしていなかった」は事実。
「やる気がない人だ」は解釈です。
ここを分けます。
③ 自分で変えられるか考える
変えられるなら行動します。
変えられないのであれば、一度手放します。
④ 自分の価値に戻る
「この人を言い負かすこと」が目的なのか。
「利用者さんにより良い支援をすること」が目的なのか。
本来の目的を確認します。
⑤ その日の仕事を終わらせる
これも非常に重要です。
職場の問題を家まで持って帰り、寝る直前まで考えていても、問題が解決するとは限りません。
「今日はここまで」
と区切ることも、健康管理の一つだと思います。
「やる気のある無能は殺せ」という言葉について
時々、
「やる気のある無能は殺せ」
という強烈な言葉を耳にします。
一般にはドイツ軍人ゼークトの言葉として紹介されることがありますが、調べてみると正確ではありません。
現在確認できる古い記録では、ドイツ軍人クルト・フォン・ハンマーシュタイン=エクヴォルトの言葉として1933年に紹介されており、ただし本人の言葉であるかについても完全には確認されていません。
内容としては、
「能力と勤勉さを組み合わせて人を分類し、判断力が十分でないのに非常に行動的な人は組織に大きな損害を与える可能性がある」
という趣旨です。
当然ですが、現代の職場で人を「無能」「排除すべき」と考えることを推奨するものではありません。
ただし、この言葉から組織運営について考えられることはあります。
問題は「能力が低いこと」ではなく「能力以上の権限を持つこと」
私はここが重要だと思います。
知識が少ない。
経験が少ない。
判断が苦手。
これは教育や経験によって成長できる可能性があります。
怖いのは、
「本人が自分の不得意さに気づかないまま、強い行動力で周囲を巻き込み、大きな判断をしてしまうこと」
です。
この場合、
「もっとちゃんとしてほしい」
と言い続けるだけでは解決しません。
組織として、
- 役割を明確にする
- 決定できる範囲を明確にする
- チェックする人を置く
- 手順をつくる
- 大きな仕事を小さく分ける
- 経過を記録する
という仕組みが必要です。
つまり、
人を変えるのではなく、事故が起きにくい環境をつくる。
これは医療・介護・福祉のリスク管理にも共通する考え方だと思います。
苦手な人を「自分の頭の中」で働かせない
今回、一番自分自身に言いたいことがあります。
職場で8時間働いた後、
家に帰っても、
「あの人はなぜあんなことをするのだろう」
「明日は何と言おう」
「やっぱり納得できない」
と考え続けているとします。
すると、その人のためにさらに2時間、3時間、自分の時間を使うことになります。
相手は何もしていないのに、
自分の頭の中では、その人が残業している状態です。
これは非常にもったいないと思うようになりました。
人のことを考える時間にも「上限」が必要です。
職場を良くしたい人ほど「諦める力」が必要なのかもしれない
一生懸命な人ほど、
「もっと良くしたい」
「ちゃんとしたい」
「みんなにも分かってほしい」
と思います。
それ自体は素晴らしいことです。
しかし、その気持ちが強すぎると、
自分だけが疲弊してしまうことがあります。
だから、
変えられることには力を使う。
変えられないことは受け入れる。
必要なことは伝える。
それでも伝わらなければ、一度離れる。
そして自分の生活に戻る。
このバランスが必要なのだと思います。
働き盛りだからこそ「何のために働くのか」を考える
40代になると、
仕事、
家族、
健康、
お金、
親のこと、
自分自身の将来など、
考えることが増えてきます。
20代の頃とは、「働く」という意味も少し変わってくると思います。
出世する。
収入を増やす。
誰かに評価される。
もちろん、それらも大切です。
しかし、
仕事のために健康を失ってしまったら、本末転倒です。
健康寿命というと、
運動、
食事、
睡眠、
禁煙、
飲酒、
健康診断、
といった話が中心になりがちです。
しかし私は、
「どんな気持ちで毎日働いているか」
ということも、健康を考えるうえで無視できないと思っています。
私がこれから大切にしたい仕事の哲学
今回改めて、自分自身のために次のように整理してみました。
人は簡単には変わらない。
だから、必要なことは伝えるけれど、変わることまでは求めすぎない。
自分の正しさが、相手にとっての正しさとは限らない。
だから、意見は伝えるけれど、理解されない可能性も受け入れる。
感情はなくそうとしない。
腹が立っている自分に気づき、一度距離を取ってから行動する。
人ではなく仕組みを見る。
誰かが失敗したとき、「あの人が悪い」だけで終わらず、同じ失敗を防ぐ仕組みを考える。
変えられないことに、自分の人生の時間を使いすぎない。
そして、
自分は何を大切にして仕事をするのかを忘れない。
私の場合は、
利用者さんの生活が少しでも良くなること。
自分の専門性を生かすこと。
家族や自分の生活を大切にすること。
そして健康で長く働けること。
そこに戻ればいいのだと思っています。
最後に
今回、仕事が終わってから3時間以上職場のことを話しました。
決して無駄な時間だったとは思いません。
話したからこそ、気づいたこともありました。
ただ、
「2か月前と同じ話をしているな」
と思ったことも事実です。
そこで今回、一つ決めました。
同じ問題について、
考える。
伝える。
できることをする。
それでも変わらないのであれば、
「今の自分にできることはここまで」
と区切る。
これは逃げることではありません。
むしろ、自分の人生と健康を守りながら長く働くために必要な能力なのではないでしょうか。
他人を変えることには限界があります。
職場を完璧にすることにも限界があります。
しかし、
「その環境の中で、自分がどう考え、どう行動するか」
については、自分で選べる部分があります。
健康寿命を考えるのであれば、
体を鍛えることと同じくらい、
「心をどこに使うか」
について考えることも大切なのかもしれません。
今日も仕事が終わったら、
仕事は職場に置いて帰る。
そして家に帰ったら、
自分の人生を過ごす。
そんな働き方も、健康になるための一つの技術なのだと思います。
