「最近、ちょっとした段差につまずくようになった」
「何もないところで足が引っかかる」
「転ぶのが怖くて外出する機会が減ってしまった」
このような経験はありませんか?
転倒は誰にでも起こる可能性がありますが、特に高齢になると転倒によって骨折や入院につながり、その後の生活に大きな影響を与えることがあります。
また、転倒による問題は身体的なけがだけではありません。
「また転ぶかもしれない」という不安から活動量が減少し、筋力や体力が低下することで、さらに転びやすくなる悪循環が生まれることもあります。
しかし、転倒は加齢によって必ず起こるものではありません。
筋力やバランス能力の維持、生活環境の見直し、適切な運動習慣などによって、転倒のリスクを減らすことができます。
今回は作業療法士の視点から、転倒とは何か、転倒が起こる原因、転倒を予防する運動や日常生活の工夫についてご紹介します。
転倒とは?
世界保健機関(WHO)では、転倒を「意図せず地面や床、その他の低い場所に倒れること」と定義しています。
転倒というと、歩いていてつまずいて倒れる場面を想像する方が多いかもしれません。
しかし、実際にはさまざまな場面で起こります。
- 歩行中につまずいて床に倒れる
- 椅子から立ち上がるときにバランスを崩す
- ベッドから滑り落ちる
- トイレに移動するときに転ぶ
- 段差を踏み外して倒れる
転倒は屋外だけでなく、普段生活している自宅でも起こります。
また、床まで倒れなくても、壁や家具に手をついて何とか姿勢を保った場合は「転倒しかけた状態(ニアミス)」として注意が必要です。
こうした小さな変化も、転倒予防を考える大切なきっかけとなります。
なぜ転倒が問題になるのか?
転倒による主な問題は、身体機能と生活の質の低下です。
① 骨折やけがにつながる
高齢者の転倒では、手首や腕、背骨、大腿骨近位部(太ももの付け根)などの骨折が起こることがあります。
特に大腿骨近位部骨折は、手術や入院、リハビリテーションが必要になる場合があり、歩行能力や日常生活動作に影響することがあります。
骨粗しょう症がある場合には、比較的軽い転倒でも骨折する可能性があります。
② 活動量が低下する
転倒によるけがや痛みがきっかけとなり、外出や家事などの活動が減少する場合があります。
活動量が減ると、筋力や持久力、バランス能力の低下につながります。
③ 転倒への恐怖心が生まれる
転倒した経験から「また転ぶかもしれない」と不安を感じることがあります。
その結果、外出や運動を控えるようになり、身体機能がさらに低下する可能性があります。
このような状態は、転倒後の活動制限につながる大切な問題です。
④ 要介護状態につながることがある
転倒による骨折や活動量の低下がきっかけとなり、これまで自分でできていた生活動作に介助が必要になる場合もあります。
つまり、転倒予防は単にけがを防ぐだけでなく、健康寿命を延ばし、自分らしい生活を続けるために大切な取り組みなのです。
転倒する原因とは?
転倒は、一つの原因だけで起こるとは限りません。
身体機能の変化、病気や薬の影響、生活環境などが重なって発生することがあります。
大きく分けると、身体や健康状態に関係する「内的要因」と、生活環境に関係する「外的要因」があります。
① 筋力の低下
加齢や運動不足によって、特に下半身の筋力が低下すると、立ち上がりや歩行、段差を越える動作などが難しくなります。
転倒予防では、次のような筋肉が重要です。
- 太ももの筋肉:立ち上がりや膝の安定
- お尻の筋肉:骨盤や股関節の安定
- ふくらはぎの筋肉:歩行時の蹴り出しや姿勢保持
- すねの筋肉:つま先を持ち上げる
- 体幹の筋肉:姿勢の保持や重心のコントロール
筋力が低下すると、足を十分に持ち上げられずにつまずいたり、バランスを崩した際に姿勢を立て直せなかったりすることがあります。
② バランス能力の低下
私たちは立ったり歩いたりするときに、無意識にバランスを調整しています。
この働きには、視覚、足の裏や関節からの感覚、内耳の前庭機能、筋力などが関係しています。
加齢によってこれらの機能が低下すると、身体が傾いたときに姿勢を立て直すことが難しくなる場合があります。
特に、方向転換や段差、急な動作ではバランス能力が求められます。
③ 歩行能力の低下
歩く速度が遅くなる、歩幅が狭くなる、足が十分に上がらないといった変化も、転倒につながることがあります。
また、歩きながら人と会話したり、周囲を確認したりするような複数の動作を同時に行う場面では、注意力も必要になります。
④ 視力や感覚機能の低下
視力の低下によって、床の段差や障害物に気づきにくくなる場合があります。
また、足裏の感覚が低下すると、床の状態や自分の身体の位置を把握しにくくなり、バランスが不安定になることがあります。
⑤ 病気や薬の影響
脳血管疾患、パーキンソン病、末梢神経障害、関節疾患などは、歩行やバランス能力に影響することがあります。
また、薬の種類によっては眠気、ふらつき、血圧低下などが起こる場合もあります。
急に転びやすくなった場合や、立ち上がるときにめまいがある場合には、医療機関で原因を確認することが大切です。
薬について気になる場合も、自己判断で中止せず医師や薬剤師へ相談しましょう。
⑥ 生活環境の問題
身体機能が保たれていても、生活環境によって転倒する場合があります。
例えば、床に置かれた物、めくれたカーペット、暗い廊下、滑りやすい浴室、合わない履物などです。
転倒予防では、身体を鍛えるだけでなく、転びにくい環境をつくることも重要です。
転倒予防にはどのような運動が効果的?
転倒予防の運動では、筋力トレーニングだけでなく、バランス運動や歩行などを組み合わせることが大切です。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、高齢者に対して筋力・バランス・柔軟性などを含む多要素な運動を週3日以上、筋力トレーニングを週2〜3日行うことを推奨しています。
また、多要素な運動によって転倒や骨折のリスクが減少することが報告されています。
ここでは、自宅でも比較的簡単にできる運動をご紹介します。
運動① 椅子からの立ち上がり
目的:太ももやお尻の筋力を鍛える
方法
- 安定した椅子に浅めに座る。
- 足を肩幅程度に開く。
- 身体を少し前に倒しながら立ち上がる。
- ゆっくりと椅子に座る。
- 5〜10回を目安に繰り返す。
ポイント
- 膝とつま先の向きをそろえる。
- 勢いをつけず、ゆっくり行う。
- 難しい場合は手すりなどを利用する。
日常生活の立ち上がり動作に直接関係する運動です。
運動② かかと上げ運動
目的:ふくらはぎの筋力を鍛える
方法
- 安定した台や手すりにつかまって立つ。
- 両足のかかとをゆっくり持ち上げる。
- 1〜2秒程度保持する。
- ゆっくりかかとを下ろす。
- 10回程度繰り返す。
ポイント
- 身体を前に倒しすぎない。
- 反動を使わない。
- 不安定な場合は無理をしない。
運動③ つま先上げ運動
目的:すねの筋肉を鍛え、つまずきにくい足の動きを促す
方法
- 椅子に座り、足裏を床につける。
- かかとは床につけたまま、つま先を持ち上げる。
- ゆっくり下ろす。
- 10〜15回を目安に行う。
つま先を持ち上げる力は、歩行時に足を前に運ぶ動作に関係します。
運動④ 片足立ち
目的:立位バランス能力の向上
方法
- 安定した手すりや台につかまる。
- 片足を床から少し持ち上げる。
- 安全に保持できる時間だけ姿勢を保つ。
- 左右交互に行う。
はじめは5〜10秒程度を目安とし、無理のない範囲で行いましょう。
転倒の危険がある方は、必ず支持物を使い、必要に応じて介助者と実施してください。
運動⑤ その場足踏み
目的:歩行に必要な下肢筋力や身体の協調性を高める
方法
- 安定した台などにつかまって立つ。
- 左右交互に膝を持ち上げる。
- 姿勢を保ちながらゆっくり足踏みする。
- 30秒〜1分程度行う。
足踏みは、自宅でも行いやすい運動です。
余裕のある方は、姿勢を保ちながら一定のリズムで行ってみましょう。
※運動回数は一般的な開始目安です。痛み、強い疲労、息切れ、めまいなどがある場合は中止し、身体の状態に合わせて調整してください。
運動以外にも大切な転倒予防対策
転倒予防では、毎日の生活環境や習慣を見直すことも重要です。
自宅の転倒予防チェック
- 廊下や床に物を置いていない
- カーペットやマットがめくれていない
- 夜間の廊下やトイレが明るい
- 浴室やトイレに必要な手すりがある
- 階段や段差を安全に移動できる
- 滑りにくく、足に合った履物を使用している
- 立ち上がるときに急な動作をしていない
- 必要な場所で杖や歩行器を利用できている
特に、高齢者の生活ではトイレ、浴室、寝室からの移動など、日常的に繰り返す動作の安全確認が大切です。
また、視力の確認、服薬状況の見直し、適切な栄養摂取、骨粗しょう症への対応も転倒や骨折の予防に関わります。
転倒してしまったときの対応
予防に取り組んでいても、転倒してしまう場合があります。
その際に大切なのは、慌てて立ち上がらないことです。
① まず身体の状態を確認する
転倒後は、痛み、出血、頭部打撲、手足の動きなどを確認します。
意識障害、強い痛み、明らかな変形、立ち上がれない状態、頭や首・背中・股関節の重大なけがが疑われる場合には、無理に動かさず119番へ連絡しましょう。
頭を打った場合は、その場で症状がなくても注意が必要です。特に血液を固まりにくくする薬を使用している場合は、速やかに医療機関へ相談してください。
② 安全に動ける場合のみ起き上がる
けががなく、痛みやめまいもなく安全に動ける場合には、次の方法が参考になります。
- 身体を横向きにする。
- 手を使って四つ這いになる。
- 安定した家具の近くまで移動する。
- 片足を前に出し、家具につかまってゆっくり立ち上がる。
- 椅子に座って休む。
ただし、身体の状態によってはこの方法が難しい場合もあります。無理に起き上がらず、必要に応じて周囲に助けを求めましょう。
③ 転倒した原因を振り返る
転倒した後は「なぜ転んだのか」を確認することが大切です。
例えば、
- 何につまずいたのか
- どこで転んだのか
- どのような動作をしていたのか
- めまいやふらつきはなかったか
- 最近、歩き方や体調に変化はなかったか
などを振り返ることで、再発予防につながります。
一度でも転倒した場合には、必要に応じて医療機関やリハビリテーション専門職に相談しましょう。
作業療法士が考える転倒予防で大切なこと
私は作業療法士として、転倒予防で重要なのは「転ばないために動かなくなること」ではなく、安全に活動できる身体と生活環境を維持することだと考えています。
転倒を恐れて外出を控えたり、家事や趣味をやめたりすると、身体を動かす機会が減少してしまいます。
その結果、筋力やバランス能力が低下し、かえって転倒のリスクが高くなることもあります。
一方で、無理に運動量を増やせばよいというものでもありません。
身体能力には個人差があり、転倒する原因も一人ひとり異なります。
そのため、転倒予防では次の3つを大切にしています。
① 自分の身体の状態を知ること
筋力、バランス能力、歩行状態などを確認し、自分に合った運動を考えること。
② 日常生活の中で身体を動かすこと
運動の時間だけでなく、立ち上がり、歩行、家事、外出などの活動機会を維持すること。
③ 転倒しにくい生活環境を整えること
手すり、段差、照明、履物、福祉用具などを確認し、安全に生活できる環境を整えること。
転倒予防は単に筋肉を鍛えることではなく、身体機能と生活環境の両方に働きかけることが重要です。
まとめ|転倒予防は健康寿命を守る第一歩
今回は、転倒の原因や予防方法についてご紹介しました。
転倒は、筋力やバランス能力の低下だけでなく、視力、病気、薬、住環境など、さまざまな要因が重なって起こります。
予防のためには、下半身の筋力トレーニング、バランス運動、歩行などを組み合わせ、生活環境を整えることが大切です。
また、転倒を恐れて活動を制限しすぎないことも重要です。
「転ばないために動かない」のではなく、「安全に動き続けられる身体と環境をつくる」こと。
これが、健康寿命を延ばすための転倒予防の基本だと考えています。
スマイルコネクションでは、作業療法士の視点から、一人ひとりの身体機能や生活環境に合わせた健康づくり・転倒予防の支援を行っています。
いつまでも自分らしく生活できるように、できることから転倒予防に取り組んでいきましょう。
